カテゴリ:日々の暮らしで考えた( 45 )

二度見させるパワーを持った「それ」

「二度見」と言う表現は今や結構メジャーなのか。
試しにグーグルで検索したら余裕で100万以上引っかかった。

「あり得ない事があまりにも自然に存在する状況に対するリアクション」
とでも説明すれば良いのだろうか?説明した気でかえってややこしくなるパターンにはまってるか?

ベタな演技の代表格のように言われる表現である。
例えば、死んだと思っていた父が帰ってきて、家族に交じって普通に談笑していると、そこに通りかかった主人公が家族に声をかけ行き過ぎようとしてから何か違和感に気付き、もう一度見て改めて父親を見てビックリ……、てな使い方であろうか。
或いは驚く対象が人間でない場合なんかにも使われる。壊したと思っていた壷が元に戻ってるとか、そんな場面で「二度見」をする。

望外の驚きを表現する演技のパターンなのである。「ビックリ」と言う表現の変形、極端に驚いている様であり、コメディ的要素もある。敢えてわざとらしくやる場合もあるし、うっかりわざとらしくなっちゃう場合もある。

うちの相方、田辺がこれの名手である。酒の席なんかでもリクエストに応じて様々な「二度見」をやってくれて盛り上がったりする事もしばしばである。

いずれにせよある種の誇張表現であり、普通現実ではやらない。現実にない動きなので「ベタな演技」と思われるのであろう。

……と思ってたら、先日、現実にやってしまった。
それも、誰も見てない所で。

その現場は深夜の実家であった。普段はあまり覗かない部屋が、その日たまたま襖が開いていて、廊下を通りかかった俺は室内が見えたのである。
元々その部屋がどんなレイアウトだったかとか、どんな家具が置いてあるかとか、そんな事こっちはいちいち覚えていないので、何があろうと別に気にせず、部屋の前を通り過ぎたのである。
その時目の端には、室内にある「あるもの」が映った。
それはよく見知った形の物であった。
しかし、以前それを見た場所はここではなかった。
以前にそれを見たのはどこだったろうか?そうだ、テレビの中だ。テレビで見た物がここにあるのだ。そんなバカな!何かの見間違いではないか?本当にそれだろうか?
そして俺は、ひと気のない深夜の実家の廊下で、二度見をするハメになったのであった。

確かにそこにあったのはそれであった。
印象深くテレビに登場していたアレであった。
それは……

「レッグマジックX」であった。
母よ、通販にハマり過ぎだ……
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by w-edge-t | 2013-05-14 09:26 | 日々の暮らしで考えた

ストロベリーマンを見て

先日、田辺からの告知を載せた客演作品、ミノタケプランさんの「ストロベリーマン」。俺も見せてもらった。
面白かった。
以上。

……ではあまりに味気ないので色々蛇足を書く。
しかしよその劇団の芝居についてあれこれ書くと言うのは難しいのだ。
いや、何も知り合いだから言葉遣いに気を使うとか、そんな話ではない。

ミノタケさんは、田辺の客演を通じて交流がある劇団である。
毎回、丁寧な作風で感心させられる。今回も実に隙のない作品であった。
作家と役者各一人づつの団体という所もうちと同じで親近感がある。
しかしそっから先は全然違う方向性で、出来上がりの芝居のスタイルも、扱うモチーフやテーマも大きく違う。
無論、それぞれ違う事考えているから違う団体なんであって、そこを揃える必要もない。
むしろ違うからこそ、田辺にも普段うちではやらないような役の話を頂けるのであって、それは感謝である。

違ってていいのだが、違うこと自体は事実だ。
そして俺は、自分の方向性が正しいと信じて日々研鑽しているのであって、他の方向性については語る言葉を持たない。評論家じゃないので、自分の考えを語る事には努力もするが、他人の考えについて論評する言葉はあんまりないのだ。
いきおい、よその芝居についての感想は、方向性に触れない範囲で語る事になる。すると残るのは技術論のみになる。
でもそれって正しいのだろうか?と思ったりする。芝居を技術だけで語ってどうする?自分の作品が技術論だけで語られてて、内容やテーマについて触れられてなかったら、「ああ、伝わらなかった、失敗だ」としか思わないだろう。
かといって他の劇団が抱えるテーマを、自分たちが抱くテーマと違うと言う理由でぶった斬るというのもおかしいと思う。違って当たり前なんだし。
テーマはこう、内容はこう、技術的にはこう、などと、きちんとした視座を持って語るほどに第三者的な距離感で芝居を語る言葉を醸造もしていない。だって評論家じゃないんだもん。

つまんないものはつまんないとわかる。ただ、わざわざ喧嘩をふっかけて歩く趣味もないので、基本的には口をつぐむ。
面白いものには素直に面白いと言いたい。それは声を大にして言いたい。でも「面白い」以上の表現を第三者に伝えるのは難しい。そういう言葉の使い方についてあまり研鑽を積んでないから。

そんな、今現在の自分の状況を表明した上で、俺にできる範囲の感想を書く。

ストロベリーマン、面白かった。俺には絶対書けない本だと思った。
以上。
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by w-edge-t | 2013-04-30 09:43 | 日々の暮らしで考えた

新し懐かしい新番組たち

もう何年も、「毎週欠かさずこの番組を見るぞ!」というようなテレビ番組はなかった。
別段テレビを見てない訳じゃない。
バラエティなんかでお気に入りはある。だが「欠かさず」見てるかと言うと違ったりする。何もなければほぼ毎週見るが、用事があれば見ないし別に見逃した事を気にしたりもしない程度だ。
またスポーツの試合なんかも、まあそれなりに見ていたりはする。けどこれも全てを欠かさず、というほど特定のチームに肩入れはしていなかったりする。

「欠かさず」というノリにならないのは理由があって、要するに連続モノのドラマなんかをあまり見てないからであろう。

で、そんな俺が、この春の新番組でいきなり2つも、「これは欠かさず見よう」と思って見ている番組がある。
実際もうそれぞれ3話ほど放送があったが今の所欠かさず見ている。
ぶっちゃけ、2番組ともアニメである。
もともと原作が好きで、今回アニメが始まるので楽しみに見始め、満足してそのまま視聴を続けているのである。

一つは「宇宙戦艦ヤマト2199」である。
ヤマトだもの、見ない訳いかない。
元々のヤマトと言えば、それはもうなんと言うか、相当深い所に刻み込まれた、ルーツともいうべき作品である。影響を受けたとかそんなレベルではない。自身の基礎を作っている土台の一部という感じである。
あの一番最初のヤマトの、なんと面白かった事か。テレビシリーズも、映画版も、一体何度見たかもわからない。続編の劇場版も公開の度に胸躍らせて劇場に足を運んだが、なんと言っても一作目のテレビシリーズ。これに勝るものはなかった。
海は干上がり真っ赤に汚染された滅亡寸前の地球、降り注ぐ遊星爆弾、赤錆びた瓦礫が崩れ中から現れる未来的な宇宙戦艦、「地球の滅亡まであと**日」という毎回の煽り、グニャグニャと歪みながら超長距離を移動するワープ、有無をいわさぬ威力を感じさせる波動砲、異星の超科学を感じさせるコスモクリーナー、遥かな宇宙のロマンをかき立てるマゼラン星雲という目的地、相容れぬ異文化を感じさせるガミラス帝国、七色星団という宇宙の神秘とそこで繰り広げられる手に汗握る大決戦、滅び行くガミラス母星の物悲しくも醜悪な姿と清らかなイスカンダルで構成された目的地設定の妙……
たった一つの作品とは思えぬ程の見所のつまりっぷりである。今振り返っても実によくできてると思うし、またちょっと振り返っただけでこれだけスラスラ出てくるほど体に刻み込まれてる事に我ながら驚いたりする。
ただし、全てが手放しで素晴らしいかと言えば、やはり今の目で見た時には辛い部分も多々あって、その最たるものは絵であろう。
さすがに古いアニメであり、今見るとそれはそれはもう見てられないほど絵がガッタガタである。
先ほどグニャグニャ歪むワープと書いたが、ワープの場面じゃなくても年がら年中グニャグニャなんである。
それが今回のリメイクである。戦艦なんかの描写はCGモデルのようである。当然、全くグニャグニャしないのである。それだけで充分有り難いのである。
ま、全体的にやけに女性乗組員が増えてるなあとか、気に入らない点がない訳ではないが、大筋は変わってないのでこの際目をつぶろう、グニャグニャしないヤマトがイスカンダルまで行くと言う時点でこっちは満足である。

そしてもう一つ、欠かさず見ているアニメがBS11で放送中の「ぼくはおうさま」である。
こちらは名作児童文学のアニメ化である。
「どこのおうちにも こんなおうさまが ひとり いるんですって」という巻頭に掲げられた名文が全てを表す、子供のような王様が繰り広げるナンセンスな物語の連作シリーズである。
これまた原作が大好きだったんである。はるか昔、子供の頃、同じ本を何度も何度も繰り返し読んだものである。
現在は多分10冊を越える大シリーズだと思うが、俺が子供のころはまだほんの数冊しかなかった。その数冊のエピソードを、何度も何度も繰り返し、飽きもせずに読み返したものである。
児童文学の大名作の一つだと信じている、おうさまシリーズがついにアニメ化である。期待と不安が入り交じりつつ、その放送を楽しみにしていたのである。
そして実際に出来上がったものはと言えば、これは素晴らしい出来であった。
原作の挿絵そのままの雰囲気を保った絵にあわせて、原作の文章をそのままナレーションで読み上げる方式だったのである。
まるで絵本を読み聞かせてもらっているがごとき気分にさせてくれるそのスタイルは、例えば見就学児童とその親が一緒に見るのに最適な形であろう。それはこの作品のアニメ化としては最良の形なのではあるまいか。
俺自身、見ている間、実に見事に「おうさま」の世界に浸らせてもらっていて、大満足なのである。

かくしてこの春、お気に入りの番組が二つできた訳だが、共通しているのはノスタルジーを刺激されているという事であろうか。
俺もそういう年になったという事なのか?
或いは、アニメーションの作り手たちが過去の名作に対してその価値の根幹をきちんと理解した作品作りをしているという事であろうか。
スタッフの皆さんに敬意を表しつつ、今後も楽しんでいきたいと思うのである。
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by w-edge-t | 2013-04-23 11:02 | 日々の暮らしで考えた

ダブルエッジにもIT化の波が!

うちの相方、田辺はもうそりゃ筋金入りのアナログ人間である。
コンピュータ方面には相当に疎い。
そんな田辺がついに先日、ipadを買った。
世間一般にはどうと言う事もないだろうが、ダブルエッジ的にはそらもうすごい事である。
どおりでここんとこ強風だったり異常気象が続く訳だと納得するほど驚きの事態である。
世間でIT化の波が押し寄せてどうとかと言ってるが、ついにここまで来たかと感慨ひとしおである。
そういや、(と繋ぐのも乱暴だが)インターネット選挙の解禁なんて話も世間では議論されてるようで、ITも一部の人の物ではなくて誰もが使う時代になったのだなあと思う。

そうすると誰もがITに詳しくなるのかと言うと多分そうではなくて、誰もが使えるようにITの方が敷居を下げてくる事になるだろう。
今までネット使ってた人にとっての当たり前、例えば実名とネット上のハンドルネームは別物で、それぞれ別の人格のごとく振る舞って、情報もなるべく紐付けないようにして、ネットの世界と現実世界は別の物、仮にネットのせいで現実に不便を被ってもそれは自己責任、恐ろしい面もあるが上手に使えば大変便利……、という常識はきっと無くなっていくんじゃないか。
アングラ的な部分は刈り取られ、舗装されて誰もが安全に使えるように整備されていき、その代わりに魅力は大きく減じられる、そんな将来像が現実味を帯びてきたなあと思うのである。

かつてネットを使うという事は身体性の拡大であり、人間の意識に大きな変化をもたらすであろう、みたいな事が大真面目に語られたりした時もあったけれど、現実はまあそんな大事にはなってないように見える。大多数の一般人が今まで通りの意識で使える所まで噛み砕かれた物だけが普及して、本当に面白かった部分は削ぎ落とされる。

実際のところ、田辺の意識が拡大してるようには見えないのである。
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by w-edge-t | 2013-04-08 14:21 | 日々の暮らしで考えた

非常に雑記

実は昨日、更新しようと思ったのである。
先週は色々あって更新できなかったので、今週からまたちゃんと更新していかないとな、などと思っていたのである。
んで、ふと思い出した。四月一日じゃん。エイプリルフールじゃん、今日書くなら嘘書かなきゃまずいじゃん。
いやそりゃ嘘書かなきゃいけない決まりがある訳じゃないが、とはいえ普通の記事を上げるのは躊躇しちゃうのである。
何もこの日になあ、とか思って、んでなんか気の利いた嘘でもないかな、とか考えるんだが何も出てこず、結局その日が過ぎるのを待って更新するハメになっているのであった。
ちょっと情けないのである。

情けないついでに更新が滞った理由を記せば、色々バタバタしたから、という事になる。
親戚に不幸が重なったりした。親戚は、別段普段から顔会わせてない相手でも、この先二度と会えないとなると寂しいもんである。
後悔先に立たず。
かといって用事もなしに会いに行く訳にいかない距離感だったりもするし、その辺は悩ましい。仕方ないと言えばそれまでだが、割り切れるものでもない。

それとは別に実家の松の木の植え替えというのもあった。
これはまた大変大掛かりな話で、松の木が傾いて隣家の敷地にかかっちゃったので、これを回して向きを変えようという話である。
なんたってこの松が電線より高いようなデカイ松なのである。これを掘り起こして90度ばかり回すという話である。
そう言ったってすぐ回せるもんじゃない。何たって根が張ってる。じゃあ根っこを切ればいいかと言うと、ただ切ったら今度は木が死んでしまう。そこであらかじめ冬のうちに遠くまで張った根を切って、皮を剥いて、木の周囲の近い所の根っこが密度が高くなるように育てておくのだ。これを『根回し』というのだそうだ。つまり「へっへっへ、ついてはお奉行さま、例の件はなにとぞよしなに……」という「根回し」の語源である。
去年の冬に根回しを仕込んで、そしてついに先週、実際に木を回したのである。
普通の家にやってくるにはでかすぎるクレーン車が庭に入り込み、電線より高い松の木を丸ごと吊り上げて、ロープかけて人間が引っ張ってエイヤッと回したのである。
その瞬間はもうリアルロード・オブ・ザ・リングとでも言いたくなる光景で、まさに「歩く樹木」という感じだった。ちょっと見られない光景であった。

そんな訳で色々雑事にかまけて時の過ぎたここんとこであったが、今週はいよいよダブルエッジも今年の公演に向けて準備に入ろうかと言う時期にさしかかってきたので色々動きが出てくるであろう。
日々の様々な経験が舞台に生きれば何よりだが、……まあ、木を回す場面は予算の関係上やりたくても無理だわな(笑)
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by w-edge-t | 2013-04-02 00:23 | 日々の暮らしで考えた

ニュースがわからない事の言い訳

そらもう俺なんてダメな大人なのである。
この年になってまだ芝居なんぞにうつつを抜かしているのであるから間違いない。
そんな人間であるからニュースとか見てるとわからん事が多い。
TPPなんか最たるもので何の事やらさっぱりわからない。
今さら「アレ、ナニ?」と聞くのも恥ずかしいのでなんかわかったようなふりをしている。
実際の所さっぱりわからない。

「環太平洋パートナーシップ協定」とか言うらしい。
太平洋を囲む国々の、主に関税等に関わる基本的なルール作りをする場であるらしい。
共通ルールを作る事で手続きを画一化、簡略化して、物やら人やらの行き来を活発にする、というような事なのか?
参加すると参加国間での流通で関税が下がるなどのメリットがあるらしい。一方、例えばコメなどの保護対象の産業が、他国からの輸入で打撃を被るんじゃないかというので反対の声も上がっているらしい。

おおよそこんな認識である。
なんかあやふやだ。説明なのに疑問文入ってるし、第一「らしい」が多すぎる。
しかし俺ばっかりが悪いのか?と反発する気持ちもある。ニュースで頻出する単語としては相当説明が少ない方なんじゃないか?
本当はあれでしょ?報道の人もわかってないんでしょ?とか言いたくなる。

大体がちゃんとした言葉の説明もなしに、いきなりハチマキ巻いてコブシ振り上げて「ハンタ〜イ!」とかいう場面だけ見せられてもどっちの言い分に肩入れすべきかさっぱりわからない。
そう思って本屋に行ってみるとこれまた混乱に拍車がかかる。
経済書のコーナーには「TPPは日本を滅ぼす」とかいう本が並んでるかと思えば、その隣りには「TPPで日本大復活」みたいな本があったりする。
そら無論言論の自由が保障されてるのだから何言ったっていいんだけども、それにしたってどっちなんだよ!と言いたくなる。
だっていいとか悪いとか、賛成とか反対とか、そんなレベルじゃないんだもん。
いきなり「滅亡!」とか、「復活!」とか、言葉が激しすぎる。
明らかに煽る気満々な言葉の選び方だ。
テレビのニュースとか、新聞の社説だって似たり寄ったりだ。とりわけ否定するときの言葉の選び方が強すぎる。内容に対して表現の部分だけが突出して進歩し過ぎだと思う。

結局のところ、報道だって読者なり視聴者なりを獲得するための経済活動で、だったら読む側観る側の好みに合わせて、色んな結論が流されるって事なのか?読む側に観る側の気を惹こうと、言葉が強くなってるって事なのか?
俺にはわからん、わからんが、報道はちょっと娯楽になりすぎているように思う。
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by w-edge-t | 2013-03-19 10:04 | 日々の暮らしで考えた

いやー、これしびれちゃったなあ



とあるところで知った動画。
いわゆる一般的な太陽系のモデルと言うと、停止した太陽を中心にその周囲を惑星が回るモデルな訳だが、実際には太陽自体も銀河の中を移動している訳で、ならばその太陽の移動も入れこんでモデル化するとどうなるか……、という動画な訳だが、いやこれがなかなか。
理論的にそうなるというのは理解できるがいざ実際にこうやってビジュアル化されて見せつけられると「ああなるほど、そうなるのか!」という新鮮な驚きというか感動と言うか、不思議な感覚に苛まれる。
これがいわゆるコペルニクス的転換というやつなのであろうか?
頭で理屈を理解する事と感覚的に理解する事の間にある大きな差を体験させてもらったような、そんな感じである。
なんかこう、チマチマとした日常生活の中で汲々と暮らしながら、時としてとんでもない大きなスケールの概念に触るってのは、気分がいいものだなと思ったりする。
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by w-edge-t | 2013-03-04 14:34 | 日々の暮らしで考えた

スターウォーズを楽しみに待つ日々

いささか旧聞に属するが、ジョージ・ルーカスがスターウォーズを含むルーカスフィルムをディズニーに売ったというニュースがあった。
ディズニーとしてはエピソード7以降の続編をつくるつもりであると言うアナウンスも同時に行われた。

俺はスターウォーズ直撃な世代である。
今ちょっと調べたら一本目(エピソード4)の公開が1978年とあった。俺が10才の頃である。そらもう大変な衝撃だった。
うちの親は映画が好きだったので、その頃には何度も映画館に足を運んでいたし、字幕にも慣れていた。とはいえ、それまで映画というものは基本大人のものであり、親が「これがいい」というものが「いい映画」なのであり、それがわからなければわからない自分が悪い、という理解だった。

テレビは深夜になれば放送が終わり、あとは砂嵐が映るばかり。ビデオも普及しておらず見たい時に見たいものなど見れないのが当たり前、映画の希少価値は現在とは比べ物にならなかった時代、多少わからない部分があろうが、退屈なところがあろうが、それでも家族で出かけていき、巨大なスクリーンに映し出される映像を眺め、終われば家族皆でちょっとおいしいご飯など食べる時間は、日常を逸脱した充分満足な娯楽であった。

それが、スターウォーズである。もう冒頭の宇宙船の追っかけっこからラストのデススター攻略戦まで、全部面白いのである。子供心にも全然わかる楽しさに満ちているのである。歴史的背景などの基礎知識がなくともわかる物語に、退屈になるような細かな心理描写など全くない単純明快さ、宇宙船同士の戦いなどの「思い描いた事はあるけど見た事はなく、かつこちら想像を上回るイマジネーションあふれる映像」に、小学生の俺はハート鷲掴みにされたものであった。
親に向かって「今まで見た中で一番面白い!」と宣言して、今まで色々よかれと思って紹介してきた映画よりこんな訳わからん子供騙しの映画の方が上とは、と若干の寂しさを味あわせたりしたのである。

そしてあんな映画がまたみたいなと夢想していたら、(実際二番煎じの映画は雨後の筍のように次々産まれたが所詮二番煎じだった)ジョージ・ルーカスが続編をつくるよと宣言したのである。もうその発表だけで大興奮なのに、発表の内容たるや、スターウォーズは全9作あるいは12作からなる連続モノで、最初の一本はそのうちの4作目にあたるモノである。てななんとも壮大な構想の披露だったのである。もう日本の片隅の小学生鼻血ブーである。

以来、続編がつくられる度に映画館に足を運び、実に長い事楽しませて頂いた訳だが、途中で構想については色々変遷があって、最初の三本つくった段階で「もう続きは大変だからヤメー」みたいなのがあって落胆してたら、10年以上の間を空けて突如「エピソード1つくるよー」みたいな発表があったり、それじゃこのあと6本ないし9本見られるの?と期待を膨らましたところに「3本で終わり。エピソード7以降は最初の方に出てた役者が年取った頃に同じ役で出たら面白いかなーと思いつきで言っただけでそれ以上のアイディアはないよー」とかいう発言があったり、その度にこっちの期待も上がったり下がったり大変なのであった。

いずれにせよ、間違いない事はともかくもスターウォーズは長きに渡ってずっと楽しませてくれてきたという事であり、その正当な続編ができるとあっては期待しちゃうのは仕方ないのである。

というか既に楽しんでいるというのが本音だったりする。
そもそも全く続編に期待してないどころか、ここまでの6本で完結したものとして、一抹の寂しさと共に納得していたところに、「続編つくります」というニュースだけでもうエンターテイメントである。
その後も監督がJJエイブラハムに決まったとか(スターウォーズの永遠のライバルであるところスタートレックの新作を監督している人物って言うところが面白がりポイントである)、ハリソン・フォードがハン・ソロ役で帰ってきそうとか、出てくるニュースがいちいちエンターテイメントなのである。

ルーカスフィルムの手を離れ、ディズニー製になる新作は果たして大丈夫だろうか、とか心配する向きもあるようだが、そんな事はできてみなけりゃわからない。観る側にはつまらなけりゃ無視すると言う権利があるのだから今から心配する必要なんて全然ないと思うのである。

スターウォーズは公開の日を頂点に、そこに向けて徐々に盛り上がっていく祭りのようなものだと思うのである。そういう娯楽だと俺は思っているのである。
映画として出来がどうこうとか、細かいことを言ってもはじまらない。他の映画の尺度で計ったら劣る部分はあるかもしれないが、スターウォーズの尺度で計ってスターウォーズを越える映画は他にないと思うのである。
そして、ここまでのところ新作に関するニュースは充分、気分を盛り上げてくれるネタに富んでいる。俺としてはここまでは実に順調、という感じなのである。

またあの、映画公開にあわせてコスプレして劇場に並んじゃう陽気なアメリカ人の姿をニュースで見られるのだろうか?俺はあの光景も、実に幸せそうで好きである。
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by w-edge-t | 2013-02-26 14:46 | 日々の暮らしで考えた

ロシアに隕石

驚いた。
15日に起きたロシア中部への隕石落下である。
チェリャビンスクと言う所らしい。

報道と、ネット上に上げられた多数の動画、時々刻々と変化する負傷者の数、隕石のサイズも何度かの上方修正がされ、最新の報道では17メートル1万トンという規模の小惑星であったらしいとされている(大気圏突入時)。
空中で爆発四散したとされ、破片はまだ見つかっていないようだ。

動画で見たその光景は凄まじいものだった。
尾を引いて空を流れる巨大な火の玉、猛烈な光、巨大な破裂音、割れるガラス、吹っ飛ぶ倉庫の壁、一斉に鳴り出す自動車の盗難防止ブザー……
なんと言うか、ハリウッドのディザスタームービーでも見ているかのごとき光景が、実際に起こっていると言うこの衝撃。

報道の中で知った事柄、おおよその目安として、隕石落下時のクレーターの大きさというのは直径の10倍になるという。
という事は今回の隕石が空中で爆発せず地面に落ちていれば170メートル級のクレーターをつくったと言う事になる訳で、とんでもないサイズである。

しかし、今回の件で思った事は事件発生後すぐに、はるか離れたこの日本にあって、正規ルートの報道でない形でネットでどんどん現場の状況を伝える動画が上がって来た事。ネットがここまで一般的になる前であれば、実態がつかめるまで数日を要したりしたのではないか?個人が動画撮影機能を持ち歩き、それを発信できてしまう現状というのはざっくり端的に言ってiphoneが変えた世界だろう。わずか数年で想像以上に世の中変わったなと思う。
その一方ではこういう想像を超えた自然現象が起こると思うのはやはり人間てちっぽけな存在だなということで、どんなデカイ街をつくろうが、空から石がおっこって来たらやっぱりどうにもならないよなとも思う。

一瞬にして世界中と繋がる万能感と、石が落っこちて来たらどうにもならない無力感。
この二つの感覚のバランスの中で生きているのが人間なのだろうと思ったりするのである。
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by w-edge-t | 2013-02-18 16:13 | 日々の暮らしで考えた

最近のマクドナルド

なんか業績が悪いとかなんとか色々ネガティブな話題を聞く事が多い気がする。
マクドナルドの事である。
ま、業績とかは株でもやってない限り直接関係ないのでとやかく言う事はないのだが、最近の新機軸や企画に関しては素人目にも色々首をひねる面は多い。
例えばレジのメニューの廃止とか、もう終わったけど60秒チャレンジとか。
それらは企画意図としてレジ前の混雑を緩和するっていうテーマだったのだろうけど、少なくともうちの近所のマックでは意図通りの成果は上げていなかった。

どうなったかと言うと店に来たお客さんがレジに並ばなくなった。
以前は入店と同時にレジに並んでいた人の流れが、レジの周囲にたむろして、レジ奥の壁のメニューを見上げて何を食べるか決めてからレジに並ぶようになったのだ。
お客さんがいっぱい立っていて、レジは空いていて、レジの店員が「こちらのレジ空いてまーす」と声をかけているのに誰も行かない。
実際そんな光景を何度も見た。
結果レジ前スペースは以前より混雑している気がする。

無論全国的にどうなっているかは知らない。あくまで俺の知っている一店舗の話である。
とはいえその店舗を見る限りは、「こりゃダメだわな」と思わざるを得ない。
実際のところ60秒チャレンジは終わり、最近はレジのメニューも戻ったようだ。
でもまだお客さんの流れは戻らない。一旦行動パターンを変えた人たちはそう簡単には戻らないようだ。
俺自身、レジ前の混雑が面倒くさい。どうにかなんないかなーと思いつつ、今日も多分マクドナルド行く。

クーポンが残ってんだよね。
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by w-edge-t | 2013-02-13 12:25 | 日々の暮らしで考えた


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高山なおき プロフィール

ダブルエッジ 作家
1969年7月6日生まれ

主な作品
○映画
「娘道成寺~蛇炎の恋~」(高山由紀子と共同)

○演劇
「ダブルエッジの忠臣蔵!」
「輪廻くん」
「天気待ち~waiting for the sun~」(奈良橋陽子と共同)  他

○ラジオドラマシナリオ
NHK-FM「魔法の王国売ります!」他

○テレビドラマシナリオ
NHK「ゴーストフレンズ」 他

○ゲームシナリオ
東芝EMI「ずっといっしょ」

○小説
ZEST「ずっといっしょ~秘密の星空~」

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